2006年09月02日

本能力

昔占い師のおばちゃんに、
「あなたは人の2、3倍働けます。
 文章を書いたりする仕事がいいでしょう」
と言われた事がある。
原宿で有名な人らしいけれど。
さて、
人の2、3倍は動ける自信はあるんだけれど、
そのぶん人の2、3倍は飯を喰らわないと動けない。
多分俺は相当に燃費が悪い。
どれだけ食べても全く太らない。
最近あんまり食べてないのでよろしくない。
そんなわけでちょっとぐーたらな日々を送っているのです。

占い自体はあんまり信じてないのだけれど、
たとえば手相とか顔相とか、
そういうのは当たるんじゃないかと思う。
当たるというのは語弊があるかもしれないけれど、
ある人がこれまでやってきた蓄積を、
手なり顔なりから読み取るんだとすれば、
あながちバカにしたものでもない気がするのだ。
例えば、
生まれた年を聞いたとして、その時の社会情勢を判断材料にし、
生まれた土地を聞いたとしたら、その土地柄も判断材料になる訳だ。
これに手や顔が加われば、
見る人が見ればけっこうその人の事が分かってしまうんじゃないだろうか。
案外手相や顔相はバカに出来ないものなのである。

ただし、
この判断からすれば、
その人に向いている事や得意そうな事は分かっても、
彼女が見つかりそうかとかどこで見つかるかなんて分かりっこ無い。
例えば内気そうなら職場でとか、
なんとなく想像できるような事しか言えないのではないだろうか?
だから、手相や顔相で信じるのは自分について言われた部分だけ。
変に鵜呑みにしないようにはしてる。

人間の勘というのは素晴らしいもので、
これまでも勘に従って良かった部分が多々ある。
もしあなたが道を歩いていて、
なにかどうしようもなく立ち止まりたくなったり、
ショーウィンドウの中や人ごみの中に目を凝らしたくなったら、
その衝動には必ず従った方が良いと思う。
人間は自分の脳が判断する事全てのプロセスを意識できる訳ではなくて、
意識できない部分が、
天啓とか閃きといった形で意識に上ってくるんだと思う。
だから、理由無き衝動には必ず従ったり、
その衝動の理由を考えてみたりした方が良いと思う。
人間は自分が考えている以上に賢いものです。
占いも、
そんな直感に従って人を判断しているんだとしたら、
それは本当に動物的本能的判断だろうから、
人からしてみれば神様のように思えるんだろうけれど、
それは人間に与えられた可能性の内の一つに過ぎないと思う。
我々は、
いつの間にか直感に従う事から離れて生きてその感覚を失いつつある。
だから、
現代社会の我々こそ、
占ってもらう事によって、
自分を判断するという失われた能力を他人に補ってもらうべきなのかもしれない。
posted by ムーンライダー at 03:49| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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