2009年04月25日

子供の名前

そろそろ子供を作らんといけん、と
まあそんなわけでございまして、
大事なのは子供の名前ですよ。
妻といろんな名前を考えていますが、
やっぱり読みやすくて覚えてもらいやすいのがいいですよね。
しかし、世の中には読めない名前が増えているらしい………
意味も分からず難しい漢字を使って、めちゃくちゃ変な意味になったりとか…

恐怖!!読めない名前!!

こういうサイトがあるんですねえ。
http://dqname.jp/
DQNネーム。
見てもらえれば分かります。
黄熊で「ぷう」と読ませるとか…ないやろ。
紀丁で「きてぃ」とか…
勇気で「ふぁいと」…
世歩玲とか亜菜●とか………もうアカン………限界や…

子に恨まれない名前にしよう………
ふつーの名前がいいけど、
どんな名前がいいでしょうか。
posted by ムーンライダー at 02:50| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月24日

スピードは美

未来派宣言では
スピードは美の一つだった。
でも、
スピードは何かを奪った。
俺は考える速度は遅くないけど、
考える方向性がむちゃくちゃだから、
余計に時間がかかる。
まあ、
遠回りしてもいいや。

最近、自分のことをじっくり考えるようになった。
やっと、なった。
いろんなことに思いを巡らせて、
正直自分のしてきたことを誇れないと思った。
何か気恥ずかしさすら感じた。
それは、
会社に入って仕事をやるうち、
結果的に自分では責任を取れんことをやってきたからだと気付いたから。
いつの間にか、
自分の背よりも高いことをやってきた。
会社の後ろ盾、
ぶっちゃけると、
虎の威を借りていた。
俺という人間が責任を持てる記事、
誰が何を言ってきても俺が自信を持ってきちんと答えられる記事を書いていたかというと、
正直全部そうだったという自信がない。
最後の最後で、
まあ上司が言うからとか、
会社の方針とか、
そういうのを言い訳にして、
自分の意見を通せなかったのは、
自分が自分に甘くて、
言い切れるだけの仕事が出来てなかったからやろうなと思う。
すでに後輩も2人いる職場でこんなこと今さらぶっちゃけれんけど、
せめて
スピードは美やけど、
スピードが一番じゃないで、
とは言えるようになりたいな。
posted by ムーンライダー at 01:15| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月21日

核兵器は無くせるか?

来る8月6日に向けて、
全国会議員にこれを聞いてみたい。
片っ端から「無くせると思うか?」と聞いて、
YESでもNOでも、
どうしてそう思うかを聞いてみたい。
YESの場合はそれに向けた日本の方策も聞いてみたいな。
で、9月の選挙の参考資料にしたい。
今度の選挙はそういう核廃絶YESかNOか、
みたいな選挙がいいんじゃないかなー
分かりやすいしね。
日本が成功させた?常温核融合を使えば、
核兵器解体の際に出る放射性物質を無害に出来たりしないのかなあ。
結構な特需にならんですかね。
全世界の核兵器だから、
解体業など、全世界の皆さんにとってお得な話ではないですか?
posted by ムーンライダー at 02:55| 広島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平和記事について

以下の文章は、
広島3年目の記者が、
単純にこれまで自分が感じたことから書いたものです。
なので、あくまで一方的な見方にしか過ぎません。
そう前うちするのは、一方的な見方を書くからです。
では……

広島で仕事をすると否応なしにやらなきゃいけないことがあります。
それが「平和」関係の取材です。
広島にいると、
もう年がら年中「平和」「平和」「平和」です。
8月6日近辺になるとドエライ騒ぎになります。
しかし正直な話、俺には「平和」っていうのが何かよく分かりません。
目の前の戦争経験者(被爆者じゃなくよ、あくまで)の話を聞いて、
やっぱり戦争はいかんなー、戦争に荷担するような記事は嫌じゃなー
と思うくらいなんです、ほんまのとこ。
そもそも爺さんは2人とも戦争に行ったことのある元少年兵。
2人からはたっぷりと苦労話やら悲惨な話を聞かされてるから、
とにかくあかんねんなーという思いはたっぷり持ってる。
さらに、ピカドンっていう絵本を幼い頃に読んで、
原爆に対するトラウマ的恐怖からトイレに行けなかった経験もある。
そんな俺は、戦争経験者の言うことを聞いて、
「書きたい」「伝えたい」と思うことが無くはないけど、
「なんかしらんけど戦争反対のために書きたいんじゃー」とか、
「とにかく被爆者の思いを書きまくるんじゃ」とか、
そういう思いがあまり起きないんですよ。
そこまできっちりと話を聞いたことがないというのも原因でしょうが。
しかしですね、
世の中にはとにかく「被爆者の話を書くんや」とか、
「広島は平和の思いを発信する場所や」とか、
そういう熱い思いを持っている記者がいるんですね、すごいですね。
きっとそういう人は、そう思えるようになるまで、
そういった戦争経験者の話を聞いたんじゃろーなーと思うわけです。
ただ、僕はそこまで熱くなれないんですな。
なんかこう、どっちかというと覚めた目で見てしまう。
戦争経験者を前にしていつも思うのは、
そもそもなんでこうなってしもーたんじゃ?ってことなんですな。
なんでこの人達はそんな目に合うてしもーたんじゃ?
誰しも人を殺すのは嫌なはずなんよ?
なのになんで人が人を殺すのが平気になるような状況になったんじゃ?
俺はそういうことを考えてしまうんですね。

確かに。
戦争経験者の悲惨な体験話や、
今そこにある、戦争で狂わされた人生を感情的に書くことで、
戦争反対への思いを抱く人がいるのかもしれない。
でーもーよ?
人殺しは嫌じゃとほとんどの国民が思っていても、
結局戦争は始まってしまうわけですよ。
ってそれはなんでなんじゃ???
そう思うわけです。

感情で戦争が始まるわけではないんでしょうから、
感情だけで戦争を止められると思っちゃいけない。
民衆に戦争反対を訴えるなら、
直接民主主義の徹底、投票の大事さも訴えなきゃいけない。
そう思うんですがね。
意思と、それに伴った行動。
ここんとこをセットにして伝えないと、
「伝えたい」内容“だけ”が伝わるという、
単なる扇情的記事になって終了だと思うんだけどな。
つまり、ある感情を持ったときに、
先に立ってそれを表現できる実際の行動の選択肢を示すことも必要なのでは?
と思うわけであります。
民主主義ってのはそういうことでしょうよ。

ちなみに、カッコ付けの平和にしている意味はあります。
「平和」はあまりにも漠然としてる言葉で、
それぞれ使われる場所で意味が違ってくるからです。
で、それを全部、平和と書くと、訳が分かんなくなるんで、
いちおう全部カッコ付けです。

ちょっと違う話ですけどね、
戦争のない世の中にするのは可能だと思いますよ。
人は戦の歴史を歩んできたというけれど、
戦を避ける歴史を歩んできたのも事実でしょう。
戦のない世の中を作ることは可能なんですよ、きっと。
人は挑戦し続けたことは、これまで成し遂げてきてますからね。
たとえ時間はかかろうとも。

最終的には信じるか、信じないかだけなんでしょう。
それはつまり、人とは何か、なんだと思います。
posted by ムーンライダー at 02:51| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月19日

とある果物屋の店先で…

1142010556_187.jpg

なんか……いいね。

ところで最近なんも書いてないですがね、
正直なところ、
自分が何を考えているのかが分からなくなってきたからです。
目に見える物事を瞬発力のみで判断していくような毎日は、
自分自身とゆっくり対峙した後でしか言葉を積み重ねていなかった、
そんなこれまでの人生とは大きく違っています。
子供にしか見えないものがある…
そんな言葉が思い出されるほど、
俺には今、何かが見えなくなっています。
新聞記者という仕事を続けるにあたって、
今の自分を支えているのはわずかなことでしょう。
まずは自分の信じる社会のためにやりたいことがあるということ。
それから、現実的なことで、家族。
そして、人間とは何かを問い続けること…

普段の生活と一番遠いとこにあるものほど、
意識上から薄れていきます。
俺を俺たらしめているものほど、
忙しい現実の中で瞬発的判断にかき消されていく気がします。
まあ、俺はきっとド近眼の怠け者なんだろう。
仕事も3年目に入り、
そろそろ自分との対話の時間を意識して確保しないと、
俺は俺の嫌いに嫌っていた、
現実を見たつもりで物事を判断する人になってしまう。

夢を語る人間はその夢に潰されるのかもしれない。
最近、昔の彼女がよく浮かんでは消えていきます。
よくよく色んなことを話したなあ。
今のところ、迷走しつつも前に進んでます。
でも、結構プレッシャーもある。
自分の夢に向け、きちっと走ってるのかどうか。
それを確認しろと、無意識が言っているのかもしれません。

前進と不安。重圧と勇気。
イチローはそれから逃れられないんでしょう。
最後は自分自身との勝負というのは昔からよく言われることです。
俺も今はその心境がほんの少し分かります。
(比べるのも申し訳ないくらいレベルが違うんでしょうが)
過去を振り返り、イチローは常に人間でした。
WBCではイチローも1人の人なんだと、これまで以上に思いました。
そして、
人としてやれることを常にやってきた人間だけがなし得る日本最多安打記録。
目の前の一球に全てを懸けながら、
常に大きな目標を見据え続けてきたイチロー。
自分も同じ人間として、やれることをやろうと思います。
posted by ムーンライダー at 00:47| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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