2008年07月13日

泳ぐ

何もかもがウザったいぜ。
だから今日は泳ぎに行くぞ。

(追記)7/13 AM5:22
半公共の場で意味の分からんことをつぶやくのは
どうかと思うから追記しておく。
要はね、

平和ってなんなんだ、って事。
もうなんかね、平和の反対は戦争とかね無関心とかね、
そういう通り一遍のことってか
くだらねえことは聞きたくないんですよ。
人間ってのは状況に置かれるだけでアイヒマンになるわけで、
そういう“人間”を自覚して、
その上で平和ってなんなんだよと問いたい。
誰に?俺にだよ。
もちろん誰にも求めちゃいない。
ただだよ、
これを読んでるみんなも、
ちっとの余裕があればだよ、
1分でもいいからだよ、
平和とは何か考えてみて欲しいんだよ。
くだらない性悪説とかそういうのはもうどうでもいいんだよ。
ちょっとした気恥ずかしさから、
調子に乗って
大人びて
分かったような口調で
「人間ってそもそも…」
なんて言わなくていいからさ。
俺はみんなに口に出して言えなんて言わないんだからさ、
もし良かったらだよ、
もし良かったら考えてみて欲しいだけなんだよ。
平和ってなんなんだよ。
どうなったら平和なんだよ。
いや、
そもそも求めちゃいないなんて、
そういうはにかんだ発言はいいからさ、
ちょっと考えてみてくれよ。
これまでの仲じゃん?
1分くらい俺にくれてもいいだろう?
平和ってなんなんだよ。
俺は今広島にいるよ。
ますます分かんねえんだよ。
いったい平和ってなんなんだよ。
平和がなにか全く分かんねえよ。
なんかさ、
広島にいるから平和記者でしょとか思ってんのかもしれないけどさ、
俺は何もわかんないのに
平和とか書いてしまうような厚顔無恥じゃないんだよ。
それくらいの恥は持ってんだよ。
さらに言うとだよ、
広島にいて、
広島の経験が人類にとって不可欠なものということは
直感で分かってるわけだよ。
でもだよ、
俺はそれが平和という言葉に繋げていいものか、
その判断がつかないんだよ。
反核は、
はっきりは言えないし確証もないんだけど、
平和とイコールじゃない気がするんだよ。
広島と平和はとかく一体なんだけど、
それってホントにそうなんか?
ホントにそう言っていいのか?
広島は無条件に平和を語れる都市なのか?
平和ってなんなんだよ。
俺にはちっとも分かんねえよ。
posted by ムーンライダー at 03:20| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

無くて七癖

百癖ほどありそうだけどね。

自分の癖を知るのは
時に辛く時には逃げたい。
開き直りたい。
そのままでいたい。

それを破るのは、
自分よりも他人の事を大事に思った時かもしれない。

そういう時があった。
自分を見つめると時の流れが止まったように滞留するのが分かる。
気まずさが2人の間に流れる。
いやな時間だ。
ただ、それを共有してくれる人がいるのは救いだ。
posted by ムーンライダー at 17:23| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

新聞社の行く末への提言

新聞は、
読者が自分たちの代わりに物事を見てきてくれと、
記者にお金を託し、
記者は物事を分かりやすく記事に書いて説明する。
そういうものだと思っている。
社会を探る探偵のようなものだろうか。

しかし、その構図を新聞は自ら捨てている。
テレビの夕刊紹介しかりネットしかり。
新聞は、
その情報の二次利用のために、
一次利用たる根幹の新聞紙面の価値を下げている。
それはネットの登場でさらに加速した。
思うのだが、
なぜ直接お金を払っていない人が新聞記事を読めるのだろうか。
直接お金を払っている人がかわいそうだ。
ある商品の販売督促のためにその商品を配って歩くようなものだ。
正直に買っている人があまりにも馬鹿をみている。

俺はここで断罪したい。
そして総括を求めたい。
誰だ?新聞記事のネット配信を決めた際に、
新聞購読者が馬鹿を見るような契約をした奴は。
ヤフーやミクシィ、NTTドコモなどが、
ニュース配信の対価に新聞社にいくら出しているのかは分からないが、
新聞社におけるネット配信の収入が安いことをみれば、
新聞購読者が払っているお金のほうが高いことは明白だ。
それが間違っていると思う。
もっともっと高い価格でしかネット配信をしてはいけないと思う。
そしてお金は情報を得た人から直接徴収するようにしないといけない。
古い考え方で時代には逆行するかもしれないが、
誰の金で書くのか、というのがはっきりしない新聞など、
本当に市民のためなのかどうかさえ疑わしくなってしまう。
読者と新聞社の間に、ポータルサイトなどかまさない方が良い。
金でやりとりする責任の所在が分からなくなる。

新聞紙で稼いでいた頃は、
新聞購読費と広告代が収入になった。
ところがネット配信だと、
ネット配信で各サイトから徴収するお金しか手に入らない。
広告代はどこで稼ぐかというと、
ネット記事を読んだ人を自社ホームページに誘導して、
自社ホームページに載っている広告を見てもらうことで稼ぐしかない。
しかし、大概の人は、
記事を読んだ後に配信元のホームページには行かない。
新聞を読む人は、少なからず絶対に見る紙面広告と違い、
記事だけを切り売りするネットでは広告費が稼げない。
だから、自社ホームページにアクセスする人の数を誇示し、
広告費を吊り上げることしか稼ぐ方法がない。
そのためには、記事を配信するサイトを増やし、
記事の配信数を増やして、自社ホームページへのリンク数を増やすしかない。
ところがそうするとネットに記事があふれ、
ますます価格破壊が起こる。
馬鹿馬鹿しい。
新聞記事のネット配信など止めるべきだ。

とはいえ、新聞社の有料サイトなどあまりみんな見ないだろう。
それは、紙という媒体の良さが、パソコンの画面よりも優れるためだ。
電子ペーパーを使えばいい。
毎朝毎朝記事がダウンロードされ、紙と同じように読めればいい。
新聞記事を読まなくなった人が増えたわけではないと思う。
新聞紙を読まなくなった人が増えたのだ。
それはどうしてなのか、もっと研究しなければいけない。
どうしてネットで読む短い記事をぱらぱらと読むのか。
ケータイでニュースをぱらぱらと見るのか。
現在の新聞紙面の作り方ではもうダメなのかもしれない。

そもそもニュースの必要性が薄れているのかもしれない。
そうだとしたら、業界縮小再編成しか残された道はない。
俺も、その道は避けられないと思っている。
だからこそ、新聞社に英断が必要だ。
新聞社は、
情報を持ち歩く電子ペーパー運営会社になるべきだ。
そのためには、携帯会社との共同出資による会社が必要だ。
電子ペーパーと携帯を統合するような商品が必要だからだ。
電子ペーパーでは新聞だけでなく、
雑誌や本など、ありとあらゆる文字情報を表示できる。
将来的には動画も可能だろう。
だったら今のうちから、
電子ペーパーを使ったコンテンツを扱う会社を作らなくては。
その会社が電子ペーパーを独占し、
顧客さまざまなコンテンツをその会社を通して買う、
そして電子ペーパーで表示する、
そういう仕組みを作らないと。
アップル社がiPhoneでやろうとしていることを、
電子ペーパーでやろうというわけだ。
音楽や写真、動画の媒体をiPodに統合したように、
文字の媒体を電子ペーパーに統合しなければならない。
これはいずれそうなる。
情報と媒体が一体化していた時代は過ぎ去っていく。
レコード、磁気テープ、CD、DVD、MP3…
それと同じようにだ。
新聞社は文字に関しては先を行かねばならない。
でないと生き残れない。
幸いにして電子ペーパーの利点を生かし切れるのは新聞だ。
毎日使えるし、紙のように捨てなくてもいいし、
情報と媒体が別だから輸送のコストもかからない。
だからこそ、新聞社は立たねばならない。
いち早く。
自分の首を締めながら、
ずるずると不毛な延命策をするよりは革新を行った方がいい。
posted by ムーンライダー at 04:22| 広島 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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