2007年11月18日

ボーイズ・オン・ザ・ラン

http://ja.wikipedia.org/wiki/ボーイズ・オン・ザ・ラン

花沢健吾さんの漫画。
長野市に住んでいた人なら、
今すぐに読んでみましょう。
なんと某教育学部やらなんやら、
懐かしい舞台がそのまんま載ってるじゃないですか。
うーん、
どうして?
posted by ムーンライダー at 01:26| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

気楽に文章を書くのは久しぶりだ。

(書いた後でナンだけど、すごく長い。
 でも、書いてこなかった数ヶ月分だと思って読んでくれると嬉しい。
 俺が何を考えて生きてきたのか、
 仕事を始めたからといって、
 少なくとも「俺」が「死んで」ないことを分かってくれると嬉しい。
 俺は俺のやることを忘れちゃいない。
 いつかみんなとまた酒を飲むときには、
 いつもの俺がみんなの前にいることを約束する。)

どうもみなさん、お久しぶりやね。
俺はもう毎日毎日忙しい…というか、
日々の仕事に追われて何をする気にもならない…という状況。
でも、昨日(9日)は休みで一日中だらだらしていたら、
なんとなくエネルギーが余って、少し何か書いてみようという気になった。

毎日毎日常識ってヤツに則って行動するなんてね、
俺の行動原理からは外れているよね。
まったくね、酒呑んでバカもやれないしな。
たまぁになにかバカやって仕事辞めてやろうかなんて事も思うわけだ。
んなこたぁできないんだけど。
だけど何かバカやりたいわけだ。
まぁ新聞紙上を騒がせることはやんないからみんな期待はしないように。
あぁ…そんなことはどうでもいいんだよ。

俺はこの半年以上、仕事ってヤツをやってきた。
これまで知らなかった種類の人間を観察する機会を持った。
それは会社があって、自分が普段なら付き合わない人と一緒にいるからだ。
人には、本当に他人を自分の道具としてしか見ない人間が居る。
自分の気に入った人間以外は、
全て自分のキャリアのために利用する事だけを考える人間がいる。
自分にとって役に立つかどうか。
俺にはそれは信じられなかった。
でも、その事実は本当だった。
そこまでひどくなくても、
多かれ少なかれそんなことを考えているヤツが居る。
俺には信じられなかった。
俺の認識が甘かっただけか?
いや、そうじゃない。
そんな考え方自体間違っていると思う。
表向きニコニコして利用するだけして裏では冷めたもの。
そんな人間が居ることを知って愕然とした。
俺はこれまで偶然にもそんな人間に出会わなかったのか?
仕事ってものが人をそうさせるのか?
俺には信じられなかった。
甘いといわれりゃそうかもしれない。
でも、
この俺を甘いというヤツ、お前は俺とは仲良くなれそうにない。
俺は人を利用して己のために生きようなんて思えないからだ。
馬鹿馬鹿しいと思う。
66億の人間の中で生きていて、自分の役に立つかどうかなんて、
そんなせせこましい考え方でどうだと思う。
己の幸せのために人を犠牲にするなんて事は、
もしその人自身犠牲になってることに気づかないとしてもだ、
俺は嫌だな。
その人は幸せな気持ちでいるから良いじゃんなんて、おととい来やがれ。
人と付き合うことに本気にならず、
相手のためにならない笑顔を振りまくなんて事は出来ない。
俺は人と本気でしか付き合わない。
でないと相手に失礼だと思っている。
とはいえ、俺はこんな仕事をやっている。
短い時間で全てを聞き出したりしなきゃならない。
いつも謝っている、申し訳ないと思っている。
「すみません」
口癖のようにいつも口にしている。
これは俺の言い訳なのかもしれない。
でも、本当に申し訳ないと思っている。
もし俺がこの仕事をしていなければ、
俺はその人たちの平穏な日々を破ることはなかっただろう。
彼らが俺のことを2、3日もすれば忘れるとしても、
彼らにとってその短い時間は苦痛だったろうと、
俺はそう思ってしまう。
「それは仕事だから」
前述のような人間はいつもそう言う。
俺はそう言うことは出来ない。
仕事のためだからなんだというんだ。
俺は俺の思う人間を捨てたくはないし捨てるつもりはない。
人はいつも人のことを思って生きるべきだ。
優しさとは気遣いのことだ。
気遣いは誇りがなければ持てないものだ。
誇りとは他人を守る気概のことだ。
他人とは己を形作るもののことだ。
守るべきものがない人間などいない。
まずは己だ。
しかしその己が何によって出来ているかを知れば、
自然と人は優しくなれるものだ。
両親、祖父母、先祖、友人、仲間、近所の人…
そういうことだ、俺は俺だけで出来ているんじゃない。
俺と他人の関係性の中でだけしか俺は存在し得ない。
そういうことが分かるようになったのは最近のことだ。
この世の仕組み、己とは何か…
そんなことを考え続けてきた甲斐はあったと思っている。
まだまだ答えは出ないけど、
扉を開けることは出来たのかもしれない。
そんな俺がこの仕事をやっていて、
なんとか見えた答えを目指そうとしている。
矛盾するのは分かっている。
でも、矛盾しないようにやろうと努力している。
うまくいくと思う。うまくいく。うまくやれる。
自分と他人を幸せにするために、そのために仕事は存在している。
俺はそう思うようにしている。
己だけの喜びは、他人の泣き顔で一瞬に吹き飛ぶ。
己捨他生、則之己道也。
生きることを無駄にしてはいけない。
犯罪の半分は再犯だという。
他人を信じられなくなったら、
他人を利用し続けて寂しさと共にこの世で生きるか、
それとも開き直って捕まり続けるかだ。
愚直でもいいから、俺は他人を信じたい。

ちなみにこれ…
 デートDV 10〜20代の50%経験
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=336197&media_id=2
俺は未だに少しそのケがあるのは自覚してる。
ケンカすると配慮した物言いをしなくなるとか、
気分がころころ変わるとか…
本当にいけないことだと思っている。
妻が体当たりで俺に怒ってくれたおかげで、
俺は戸惑いながら怒りながらもそういった自分を直すきっかけを掴めた。
どうしてなのかはわからないが、
そういうとき、俺は自分を変えたがらなかった。
変えれば全てが変わることを自覚しているにもかかわらず。
人に優しくした方が良いと思っているのにもかかわらず、
急には優しくなれないし、
そうすることが何故だか恥ずかしいことだという気さえしたり。
なぜそういう反応をしてしまうのかは分からないけれど、
でも、そうした方が良いのは間違いのないことだ。
もしこれを読んだ人の中で少しでも自覚のある人は、
今すぐにでも考え始めた方がいい。
66億分の2、もしかしたらそれ以上が不幸にならないためにも。
相手を不幸にしたままで別れてしまったら、
あとは相手が幸せになることを祈ることしかできない。
はっきり言ってつらいものだ。
目の前にいない人を思い浮かべ胸が苦しくなるのは、
恋愛の真逆の苦しみだから。
そしてそれは忘れることが出来ないだろう。
なぜならその人は自分の胸の中にいる人だから。
たとえその人が現実では幸せだったとしても、
胸の中にいる人は永遠にあのときのその人のままだから。
posted by ムーンライダー at 02:40| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生活を吸う隙間

俺の仕事は人がいなくては始まらない。
人が在ってこそのこの仕事だ。
生活。
それ在ってこその俺の生活。
何か空しくなることもある。
生き甲斐?
そんな言葉なんかふっとんじまった。
どこかいってしまった言葉の幻影を寂しさの中から透かし見る。
見えない…
俺はどこへ行ってしまったんだ、正確には昔の俺。
失ったものは何もないはずなのにこの喪失感。
たまんないぜ。
自由だった日々?
今は自由ではないと?
金か。
金をもらって動く人はすでに自分という国を売る売国奴。
俺はもう全て占領されちまってるのか。
俺の仕事はなくても誰も困らない。
困らないけどあったらみんなが楽しくなれる。
そんなふうでありたい、在りたかった、か。
どこかへ行ってしまったのか。
この寄生虫のような存在感。
自分というものがとてつもなく役に立っていないむなしさ。
俺はあなた達の幸せのために役立ってますか。
俺はこの世界に幸せをもたらしていますか。
誰か救いをくれないか。
事件事故ばかりのこの世界に救いを…
人が人を傷つけてなんとも言わないこの無関心な社会に、
そしてその無関心さを助長しているかもしれないこの俺に…
道行く君に幸せだと思わせることが出来るのは、
一番はきっと君の一番近くにいる人なんだろう。
そんな人に比べて、お金を払って読むコレ、君は何のために読む。
君はそれで幸せになるのか、幸せになるために読むのか。
人は幸せにならなきゃいけない。
何人たりとも不幸なままで死なせやしない、そんなことは誰も望んじゃいない。
俺はみんなが幸せであればいいと望む。
そんな俺が何を出来るだろうかと悩む。
みんな仲良く生きよう。
俺はただそれだけを望んでいる。
ケンカしても何してもいい。
でも最後には仲良いままでいようぜ。
どうして人はこんなにうまくいかないんだ。
どうしてだ。
どうして人は人を不幸にしてそのままにしておけるんだ。
…人だから。
という、もっともシンプルで絶対の理由に聞こえるそれ。
俺は絶対信じないぞ。
諦めない。
諦めてそこに浸からない。
悲観して未来に意義を見いだせなくて死ぬのも立派だ。
でも俺にはそんな根性もない。
だから惨めに諦めないふりをしてでも希望にしがみつく。
希望にしがみつくのは死にたくないからだ。
人はその「真理」に気づくと死ぬか「人」として生きるしかないから。
俺はそういう「人」にはならない。
「人」と人の間で、ギリギリのところでとどまって希望にしがみついてやる。
希望から手を離したら、俺はもう何の躊躇いもしないで引き金を引くだろう。
人が生きること笑うこと楽しむことに向き合うのと同じように、
人が死ぬこと泣くこと悲しむことに対峙するだろう。
希望よ、一本の繊維となろうともこの俺を支えたまえ。
希望よ、君は裏切るな。
この俺はいつまでも掴み続けているのだから。
posted by ムーンライダー at 01:30| 長野 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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